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管理人: 新谷
ブログ愛読者の皆さん、こんにちは。今日まで皆さんに支えられ、ブログ掲載もスムーズになり、また充実してきたと思っています。これからも、皆さんを楽しませる記事を掲載していきます。ご期待下さい!

 本年3月で福島県木球協会会長職を辞された「阿部稔也様」のごあいさつ並びに阿部前会長、新谷理事長のブログで語る「15年の木球の歩み」です。

阿部前会長と新谷理事長の固い握手(懇親会での一コマ)
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       福島県木球協会
        会長退任あいさつ
             平成25年4月 阿部稔也


 台湾生まれのニュースポーツ「木球」 福島大学新谷教授のお力添いで福島に上陸、「木球」発祥の地として15年目を迎えます。
 奥深き楽しさ、難しさ、スリル満点のスポーツに魅せられ、すっかり「木球」の“とりこ”になってしまいました。
 さかのぼれば1999年(平成11年)5月、第1回世界木球大会(台湾 台北市)に日本選手団14名で参加。続いて8月、第1回アジア木球大会(マレーシア ランジャット)に4名で参加。そして10月には福島県木球協会設立。以来、佐藤剛男会長の下、3年間理事を仰せつかり、続いて8年間副会長、3年間会長、合わせて14年間、皆様のご協力をいただきながら、微力ながらも役員としての務めを何とか果たしてまいりました。
 この間、皆様のお世話というよりは、お世話になりながら一緒にプレーし、楽しんできたという感じです。
 国内大会をはじめ、外国遠征も8か国、16回に及びました。楽しい思い出ばかりが心に残っております。長いこと、本当に有難うございました。
 今後は、一会員として大会に参加致します。そして、今後木球協会が武石功会長の下、ますます充実発展されることをご期待申し上げ、会長退任のあいさつと致します。

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ブログインタビュー

 前会長、理事長、大いに語る!!

木球人:こんにちは。今回の進行をさせていただきます「木球人」です。よろしくお願いいたします。
 まず、はじめに、今般、会長を後進に道を譲られた阿部前会長から心境を一言。

前会長(阿部稔也様);簡単に一言で言うなら、私よりも「すばらしい力量の持ち主」が存在していたからと、かねてから思っていた人ですからね。

木球人;新谷理事長には、阿部会長と共に二人三脚で木球を立ち上げ、これまで木球界を引っ張ってこられた功績は多大なものがあります。特に創設時には多くのご苦労があったと思われますが、今、思い起こせば、感慨深いものが多々あろうかと思われますが、当時の様子を簡単に。

理事長(新谷崇一様);やはり、福島県木球協会の設立です。まず、会長を誰にするかから始まる組織作りでした。そして、設立記念式典に台湾から翁会長の息子さん、周先生、マレーシアから郭さんをお招きして、盛大に開催したことですね。

木球人;そこで前会長に突っ込んでお伺いいたしますが、会員の間には「もう少し阿部前会長に続けて欲しい」との声が多くありました。今回の退任については、とても固いご決心のようでしたね。

前会長;そう言っていただけるとしたら、お世辞でも嬉しいことです。新谷理事長のお力添え、役員、会員のご協力があってよくぞ今まで勤まりました。
 振り返れば1999年(平成11年)10月に福島県木球協会設立以来、理事として3年、副会長として8年、3年間会長職にありました。
 また、福島市木球協会にあっては、設立以来10年間にわたり会長職に就かせていただきました。この間、私以外にも会長にふさわしい人がいっぱいいたと思われます。その意味でも長きにわたりすぎたと思っています。新しいリーダーの下、多くの人たちの考えで会の運営に当たるべきだと思います。

木球人;話は飛びますが、前会長は、海外へプライベートを含めるとだいぶ行かれているようですが、もちろん木球でも数多くの国際大会に参加されたと聞いております。特に印象に残っている海外での木球大会の思い出は?

前会長;1999年5月に開かれた第1回世界木球大会、同年10月に福島県木球協会の設立、海外の大会には都合16回ほど参加させていただきました。特に印象に残るのは、第1回世界大会が今でも思い浮かべると、当時のことが鮮明に蘇ります。世界各国29チーム、195名の参加で、それはそれはとても印象に残る大会でした。改めて掲載させていただきますが、第1回世界大会に参加された日本チームのメンバーです。
(敬称略) 新谷崇一、阿部稔也、阿部幸七、阿部洋二、大河原政夫、今野剛光、増子弘文、平野泰宏、渡部祐一、五十嵐俊道、尾形勉、菅野孝志、山上紀代志、三浦喬子。

木球人;うーん、そうそうたるメンバーで、当時の意気込みが感じられます。また、現在の木球界の礎を築かれた14人衆ですね。 
 続けて同じ質問を理事長、いかがでしょうか。

理事長;海外遠征全てに、それぞれ思い出がありますね。その中でも1999年に台湾で開催された第1回国際木球選手権大会参加は、未知の世界に突入という興奮を味わい、また私のライフワークの方向転換となりました。

木球人;今年度から変わった点といえば、県・市ともに一部役員の入れ替えがありました。その点についてお気づきの点がありましたら。また、新しい顔ぶれになりましたので、新しい役員の皆様に期待することは?

前会長;多くの立派な方々の考えで、会の運営に携わっていくのが一番良いことだと思っておりいます。その点で、会長さんをはじめ役員の方々、それぞれに経験を積まれ、木球協会の充実発展に努力される顔ぶれのようですし、大いに今後に期待したいと思っております。
 よろしくお願いいたしす。

理事長;新陳代謝が必要ということだと思います。十数年間、変わらない顔ぶれでそれなりの土台を築いてきた県木球協会ですが、これからは新役員がそれぞれに自分の役割を自覚して、主体的に行動していただきたいと思います。指示待ち人間では、木球の発展はないと考えています。

木球人;最後になりますが、理事長より前会長へ労いのお言葉をお願いいたします。

理事長;いつも一緒でした。そして、これからも、いつも一緒でいて下さい!
 お疲れ様でした。そして、有り難うございました。

木球人;大変お忙しい中、ご協力ありがとうございました。前会長には、健康にご留意され、木球界の重鎮として温かい目で見守っていただきたいと思います。
 これをもって今回のブログでの対談を終了いたします。どうもありがとうございました。:木球人:


画像で見る思い出
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10周年記念誌より引用転載

2009 国旗を前にDSCN1077
2009年モンゴル大会 日本国旗を前に必勝の誓い!!


2009 モンゴルチームとの交流
2009年 開催国モンゴルとの交流記念写真


RIMG0309.jpg
2010年8月インドネシアオープン
阿部稔也、新谷崇一、上野直紀、石橋光子、堀川栄子の5人で参加。


RIMG0196.jpg
2010年3〜4月タイで開催された第4回W.C木球選手権大会に13人で参加。

END
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2013/05/05 10:10 ブログインタビュー TB(0) CM(0)
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